お寺の手帖

「お寺の手帖」は暮らしの中で役に立つお寺の知識や、宗派や尊像など、
みなさまが興味をもたれるお話を当寺副住職の浅井将玄上人がわかりやすく語ります。

今月の聖語

今月の聖語 令和元年10月

2019年11月2日(土)

「病によりて道心は

おこり候か」

日蓮聖人御遺文「妙心尼御前御返信」

解説

〜病も仏の慈悲心〜

「苦しい時の神頼み」とよくいいます。人間はそれほど強い生き物ではありません。日頃手を合わさない人でも病気になったり大きな困難に遭遇した時、神仏にすがりたくなります。これは自然の情ともいえるでしょう。

人智を超えた大いなる存在に頭を垂れ祈りを捧げる。ここに信仰との出会いがあるのではないでしょうか。

そう受け取るなら苦しみも神仏の慈悲の現れといえるかもしれません。

ただ大切なのは「喉元過ぎれば熱さ忘れる」重々用心しなければならない凡夫の性です。

日蓮聖人ご遺文「妙心尼御前御返信」

本書は駿河に住む妙心尼に与えられたお手紙です。

この女性は夫が重病に罹りました。余命幾ばくもないなか、夫本人は元より自らの髪を落として懸命に祈る妙心尼に励ましと夫の後生の慰めを与えています。

この中で「この病は仏の御はからいか」と述べられるように現世安穏、後生善処をもたらす法華経信仰を深めるため、あえて仏が与えられた病であると諭されているのです。

建治元年(1275)聖寿54歳

今月の聖語 令和元年9月

2019年10月3日(木)

日蓮聖人御遺文「法華題目鈔」

「仏道に入る根本は

信をもて本とす」

解説 〜求道〜

茶道、花道、書道、柔道、剣道、弓道など。日本古来の伝統文化、スポーツには「道」が付くものが多くあります。これらに共通するのは奥義を極めようとする求道心が伴っているという事ではないでしょうか。その鍛錬の中で自ずから技も磨かれ向上していくのです。

ところでこの奥義に達する為には、みずからが心身もろともにその世界に飛び込み、一体化を目指さなければならない事でしょう。

これすなわち仏道で説く「信」に通じるといえましょう。「道」は「信」によって達するのです。

日蓮聖人ご遺文 法華題目鈔

本鈔は女性信徒に与えられた書状です。表題が示す通り法華経の題目である南無妙法蓮華経に具わる功徳とそれを唱える人の功徳が明解に説かれています。

さらに「根本大師門人日蓮撰」と署名される如く、日本における法華経信仰の流れを伝教大師最澄に受けていることを表明しています。

一書を通じて「正直」と「信心」が肝要であることを強調されています。

文永3年(1266) 聖寿45歳

今月の聖語 令和元年8月

2019年9月1日(日)

お寺の本堂前の掲示板に毎月今月の聖語として日蓮聖人のお言葉を掲示させていただいております。

御檀家様の中で読み忘れてしまった方の為にもこちらで毎月あげていきたいと思いますので拝読頂けたら幸いです。

日蓮聖人御遺文 「御輿振御書」

「滅するは生ぜんが為

下るは登らんが為」

解説〜プラス思考〜

昔ある村に「三年峠」と呼ばれ恐れられた峠がありました。そこで転んだら3年しか生きられないというので、みんな注意して歩きました。ところがある男が転んでしまったのです。

「俺はもう3年しか生きられない」

と嘆き悲しみました。そこへ別の男が現れ

「もう一度峠へ行って、今度は10遍でも20遍でも転べばいい」

と言いました。

「逆に考えれば1遍転べば3年は確実に生きられるということ。それなら転ぶほどその分長生きできるぞ」。

物事は受け取り方次第です。ピンチの裏には同じ量のチャンスが用意されてるものです。

日蓮聖人ご遺文「御輿振御書」

本書の題「御輿振」とは、寺社の僧徒や神人が朝廷や幕府に対して仏力・神威をかざして訴えを主張したことです。かつてはそういったことが度々行なわれていました。

日蓮聖人は伝教大師最澄の

「末法の時代に近づくとき、法華一乗の教えが弘まる」

との言葉を引き出され、逆に正法興隆の契機になると述べられています。

文永6年(1269) 聖寿48歳