お寺の手帖

「お寺の手帖」は暮らしの中で役に立つお寺の知識や、宗派や尊像など、
みなさまが興味をもたれるお話を当寺副住職の浅井将玄上人がわかりやすく語ります。

今月の聖語

今月の聖語 令和2年10月

2020年11月5日(木)

法華経は

明鏡の中の

神鏡なり

日蓮聖人御遺文「神国王御書」

解説〜神鏡(しんきょう)〜

鏡の前に立ったとします。あなたの顔、映っていますよね。でも不思議に思いませんか?一番身近にありながら自分の顔は鏡を通さないと見ることができません。

同様に私たちの生き様自体も自分では見えているようで実は見えていません。私たちの姿がありのままに見えているのは仏さまのみです、その仏さまの目を「神鏡」というのです。

そんなわたしたちが「神鏡」に映った我が身を見る術は、素直な心で一心に仏さまに手を合わせる。この一点に尽きるのです。

日蓮聖人ご遺文「神国王御書」

本書は「神国」とあるように、冒頭、天神七代・地神五代の流れを受け継ぐ日本に、仏教が伝来した経緯から説き起こされます。

その尊き縁をいただく国でありながら、なぜ内乱が起きるのかを究明され、その原因は仏法の乱れが人心の乱れを引き起こし、下剋上の世を招いたと指摘されています。

人びとの心の鏡になるべき教え…。すなわち法華経という「神鏡」に心を照らすべきことを強く訴えられているのです。

文永12年(1275) 聖寿54歳

今月の聖語 令和2年 9月

2020年10月6日(火)

人には不孝が

おそろしき事に候ぞ

日蓮聖人御遺文「不孝御書」

解説 〜「孝」は潤滑油〜

「父」の字の成り立ちは一説には手斧を持って大地を切り開く姿を表現し、「母」はその大地で子を育む乳房を表すとか。一方「子」は大地から少し頭を出し、どんどん頭髪が伸びる様子を示しているともいわれてます。

しかし昨今の世相を見るとその字に込められた思いが忘れられているように思えてなりません。

その原因の一つは親ならこうしてくれるはず、子ならこうあるべきとお互いが勝手に作り上げた理想像を押し付け合っているためではないでしょうか。

この関係の潤滑油には「孝」があるでしょう「孝」の成り立ちは成長の極みを表した「老」から生まれたとか。

不孝は不幸の始まり。先人の思いを振り返りたいものです。

日蓮聖人ご遺文「不孝御書」

本書は四条金吾頼基氏に与えられた「陰徳陽報御書」の一部であったといわれています。

聖人の言われる「不孝」とは人倫の親子関係に留まるのではなく、一切衆生の真の親である本仏釈尊の慈悲に気づかずに背くこと。それが最も重い罪になると戒めておられます。

弘安元年(1278) 聖寿57歳

(弘安2年 聖寿58歳説あり)

今月の聖語 令和2年8月

2020年9月7日(月)

花は根にかへり

真味は土にとどまる

日蓮聖人御遺文 「報恩抄」

解説   〜共栄〜

日蓮宗では仏壇の過去帳の冒頭に次の言葉を記すことがあります。「先祖は樹木の根なり。子孫はその枝葉なり。根を培い養わずして枝葉栄える理なく、花咲き実生ずるためしなし。この過去帳は先祖代々の徳を報じ子孫永久の教えに備う」。

先祖と子孫の関係を木に例えるならば正にこの言葉の通りでしょう。さらにここから学ぶことは枝葉や花から取り込んだ養分も根に蓄えられ、さらに樹木全体が大きく成長するということです。すなわち先祖子孫一体となって共栄することが重要なのです。

日蓮聖人ご遺文「報恩抄」

真味とは功徳のことです。この一節は恩師・道善房への追善の結びに述べられています。

日蓮聖人の出家は父母、師匠への報恩も大きな目的でした。それは法華経信仰へと導くことだったのです。しかしその思いは遂に師匠ひは理解されず師弟の確執は生涯解消されませんでした。

こんな葛藤を抱えつつも、ひるむことなく法華経弘通ひ邁進された聖人の姿こそが、亡き師に捧げる真味となる報恩行だったのです。

建治2年(1276) 聖寿55歳

今月の聖語 令和2年7月

2020年8月5日(水)

いのちと申す物は

一切の財の中に第一の財なり

日蓮聖人御遺文「事理供養御書」

解説〜いのちの実感〜

いのちが尊いことは百も承知。しかし、それが心にドスンと落ち実感として響いていますか?

理解と実感は異なります。実感するのは身近で命の危険に直面した時ではないでしょうか。

「私たちは盤石の大地に立っている」と思うのは錯覚です。薄氷の上に存在すると知った時、それは何ものにも代え難い財と気付くのです。

日蓮聖人ご遺文「事理供養御書」

ある檀越から白米を送られたことへの礼状です。本書の末尾に「凡夫なれば寒も忍びがたく、熱もふせぎがたし。食ともし」の述べておられます。

聖人が身延に入って3年目。雪深く人が訪れることも少なく、ご自身のみならず弟子などを養う食物にも事欠くありさま。そこへ届けられた白米や芋の供養。いのちを繋ぐことができたことを感謝されています。

数多のご法難に加え身延入山後も常に死との隣り合わせだったからこそ、いのちの尊さを常に実感されていたのでしょう。

法華経こそがそのいのちを生かす根源であるの述べられているのです。

建治2年(1276) 聖寿55歳

今月の聖語 令和2年6月

2020年7月4日(土)

「父母は常に子を念へども

子は父母を念わず」

日蓮聖人御遺文「刑部左衛門尉女房御返事」

解説〜親の心子知らず〜

「老いて後思い知るこそ悲しけれこの世にあらぬ親の恵みに」。親御さんを亡くされた方、ぐっと来るものはありませんか?親が健在の時は「頑固なおやじ」「うるさいお袋」とつい愚痴っていませんでしたか?それが自分も年を重ねてくると、厄介と思っていたその親から受けた愛情、存在の重さに気づいてくるのではないでしょうか。

お釈迦さま、日蓮聖人ですら「未だ父母への孝養足らず」と懺悔しておられます。ましていわんや私達においては。

このお言葉をよくよく肝に銘ずべし!

日蓮聖人ご遺文「刑部左衛門尉女房御返事」

刑部左衛門尉女房とは尾張の住人の伝えられていますが詳細は不明です。

この女性が亡き母の13回忌に当たることから供養のためにと銭20貫文などを聖人に送ったことへの礼状です。

本書は父母の恩を語り「教主釈尊が父母孝養のために説かれたのが法華経である。日蓮も母上にかけた苦労を悔い、その償いと報恩は法華経による供養より他になし」と説かれています。

弘安3年(1280) 聖寿59歳