お寺の手帖

「お寺の手帖」は暮らしの中で役に立つお寺の知識や、宗派や尊像など、
みなさまが興味をもたれるお話を当寺副住職がわかりやすく語ります。
今月の聖語
今月の聖語 令和5年10月
2023年11月1日(水)
鉄(くろがね)を熱(やく)にいたうきたわざればきず隠れてみえず
日蓮聖人御遺文『開目抄』/
文永9年(1272)51歳
解説 〜試練〜
物事に一生懸命に取り組めば取り組むほど、課題や障害がたくさん浮上して、前に進めなくなる時があります。たとえば、何度も練りに練った企画書にダメ出しをされたり、苦情を受けたり…。人生はうまくいかないことばかり。試練の連続です。
そんな時、まず心得ておきたいのは、「自分は完璧ではない」ということです。必要以上に落ち込まず、ありのままに受け止めましょう。
原料から鉄を作る時は高温で熱します。そうしないと不純物が取り出せず、良い鉄ができないのです。これと同じように私たちも一生懸命物事に取り組むことで鍛えられ、試練を乗り越えて味のある人間として成長していくことができるのです。
完璧な人などいません。逆にいえば、成長できる伸びしろがたくさんあるということなのです。1歩1歩ゆっくり進んでいけばいいんです。
◎日蓮聖人御遺文『開目抄』
流罪となった佐渡島の厳しい環境のなかで著されました。自分自身を振り返り、見つめ直し、苦難をどうとらえたらいいのかを学ぶことができ、生きる力をもらえる書です。
文永9年(1272)51歳

今月の聖語 令和5年9月
2023年10月1日(日)
生死を離るる身とならんと思ひて候
『妙法比丘尼御返事』/
弘安元年(1278)57歳
解説 〜人生の目的〜
「生まれて来なければよかった…」。「どうせ死ぬのに何で生きなきゃならないんだろう?」。生きていくということは大変です。時に私たちは生きる目的を見失います。そんな時どうしたらいいのでしょうか?
悩んでいるのはあなただけではありません。深呼吸をして、空を見上げましょう。自然に身をゆだね草花のいのちを感じ、虫の声に耳を傾けましょう。気持ちが楽になる人に会いに行きましょう。みんな精一杯生きています。生きる力が湧いてくるのをゆっくり待ちましょう。
生死の悩みは永遠の課題です。お釈迦さまは「いのち」を、三世(過去・現在・未来)に生きる永遠のものとします。人の行動や言葉は誰かとの「つながり(縁)」となって永遠にあなたの「いのち」として生きることになるのです。私たちは素晴らしいことで悩んでいるのです。今日も素晴らしい1日を生き切りましょう!
日蓮聖人御遺文
『妙法比丘尼御返事』
このお手紙だけではなく、日蓮聖人は人生のいろいろな局面に応じてこまめに便りをしたためて、悩みを抱えた人を勇気づけてきました。
弘安元年(1278)57歳

今月の聖語 令和5年8月
2023年9月1日(金)
餓鬼は恒河を火と見る
『曽谷入道殿御返事』/
文永12年(1275)54歳
解説 〜ものの見方〜
100円玉は丸くみえますよね。では貯金箱の穴は? そう、四角です。100円玉を横から見ると四角だからです。100円玉は「丸」でもあり「四角」でもあります。
表題の文章は「私たちの心が物に飢えた餓鬼の状態だと水も火に見えてしまいますよ」いう喩えです。心の状態が安定していないと物事を偏った見方しかできなくなってしまうのです。
「正解依存症」という言葉があります。自分なりの「正解」を見つけると、それを疑うことができなくなり、他人にも自分の正解を押し付けて、自分なりの「正解」以外は受け付けることができない状態になることだそうです。
100円玉が「丸」でも「四角」でもあるように、日常生活のさまざまな出来事をいろいろな角度から見てみましょう。人それぞれの価値観や多様性を認める豊かな心が育まれます。
◎日蓮聖人御遺文『曽谷入道殿御返事』
日蓮聖人は多くの信徒へたくさんのお手紙をしたため、細かな心配りをしてきました。このお手紙は短いものですが、わかりやすい喩えで大事なことを伝えています。
文永12年(1275)54歳

今月の聖語 令和5年7月
2023年8月1日(火)
亀鏡なければ我が面をみず
日蓮聖人御遺文『開目抄』
文永9年(1272)51歳
解説 =人間関係=
あ~、なんだか仕事行きたくないなぁ~、学校行きたくないなぁ~、苦手なあの人の顔見たくないなぁ~。そんな思いを抱くことは誰でもあります。
できればイヤな人、苦手な人からは距離をおきたいですよね。でも人間はお互いかかわり合って生きる生き物なので、「お1人さま」「ぼっち」といわれる「孤独感」が一番心身に良くないのです。ですので、こう考えてみてはどうですか? 自分と接する人はみんな自分自身を写してくれる鏡、時にはあなた自身の不得手な部分を写し出してくれることもあるのだと。いろんな人と接することは「違う自分」「自分の長所・短所」などの再発見につながります。もしかすると自分が苦手としているその人は、大事なことを教えてくれているのかもしれません。あなたの周りにいる人は、良くも悪くも手本を示してくれる人なのです。
日蓮聖人ご遺文
『開目抄』
流罪となった佐渡で著されました。自身のあり方を問い、どう生きるべきかの覚悟が著されています。私たちが今をどう生きたらいいのか。そのヒントが詰まっています。
文永9年(1272)聖寿51歳

今月の聖語 令和5年6月
2023年7月1日(土)
各々思ひ切り給へ
日蓮聖人御遺文『種種御振舞御書』
建治元年(1275)聖寿54歳
解説 =思い切りよく=
朝起きたらまず何をしますか? 歯を磨きますか? 顔を洗いますか?
こんな日常の些細なことでも私たちはその都度決断しています。ケンブリッジ大学での研究によると私たちは1日に3万5千回も決断をしているそうです。人生はさまざまな決断の連続なのです。
思い切りよく決断できるにこしたことはありません。でも迷いが生じて、煮え切らないこともあります。気持ちの整理がつかず混乱し、時にはやる気や元気を失ったりします。そんな時、あなた自身と周囲の皆がワクワク笑顔になれるかどうかを判断基準にしてみませんか?
それでもダメだったら、やっぱりこちらも思い切りよく、ゆっくり時期を待つという決断をしてみましょう。
悩み迷うことは自分が成長しようとしている証拠です。思い切れる時は必ず来ますよ。
◎日蓮聖人御遺文『種種御振舞御書』
何事も勇気と自信をもって行動することが大切だと示された、激励のメッセージといえる箇所からの抜粋です。迷っている人の背中をそっと押してくれる心遣いが伝わってきます。
建治元年(1275)聖寿54歳

今月の聖語 令和5年5月
2023年6月1日(木)
八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり
日蓮聖人御遺文『四条金吾殿御返事』
建治3年(1277)聖寿56歳
解説 =しなやかな心で=
褒められれば有頂天になり、文句をいわれれば怒り、時にはへこんだり…。何かとストレスがたまる現代社会です。
私たちの身の回りには8つの風が吹いているといわれています。喜んだり、しょげたり、傷付けられたり、感謝されたり、尊敬されたり、陰口をたたかれたり、辛くなったり、楽しくなったり…。良い風の日も嫌な風が吹く日もあるのが人生です。
生きていればいろいろなことがありますが、それを乗り越えていくのは、何事にも動じない頑強な心ばかりではありません。どうしようもない悩みや苦しみは1人で抱えず、お寺や公的機関、周りの人に相談してみるのも方法です。
木の枝は頑強なほど折れやすいのです。どんな風とも仲良くできる枝垂れ桜のように、柳のように、しなやかにしなやかに生きていきましょう。
◎日蓮聖人ご遺文
『四条金吾殿御返事』
思い通りにいかないとき、人としてどんな心構えで暮らしていけばいいかを伝えています。人を怨まず穏かな心を保つことが大切だと諭されながら、事態の好転を祈られています。
建治3年(1277)聖寿56歳

今月の聖語 令和5年4月
2023年5月1日(月)
この土は本土となり
日蓮聖人御遺文『開目抄』
文永9年(1272)聖寿51歳
解説 =自分には見える花を=
草はU字溝のわずかなすき間からも元気に芽を出します。この草にとって生きる場所はこのすき間で、場所を移すわけにはいきません。まさにこの場所で一所懸命に生きているのです。
でも人間の場合は、どうしようもなく辛かったら、逃げたっていいんです。1つの場所で生きることを「一所懸命」といい、それも1つの生き方ですが、何がなんでもそこで頑張らなくてもいいんです。今生きているこの広い世界こそ私たちが幸せになれる所だからです。取り巻く環境によってはうまくいかなかったり、思い通りにいかないこともあるでしょう。それを乗り越えてその場所にとどまる人もいれば、違う場所で再起を目指す人もいます。どちらも同じです。人間は生きるだけで十分頑張っているのですから。それぞれの生きる場所で、他人には見えなくても自分には見える花を咲かせてください。
日蓮聖人ご遺文
『開目抄』
私たちが生活する「今」を救う方法を、みんなに理解してもらおうと書かれた一書です。生きているこの世界こそが、人間が真の幸せを得られる場所だと示されています。
文永9年(1272)聖寿51歳

今月の聖語 令和5年3月
2023年4月1日(土)
南無と申す字は敬う心なり
日蓮聖人御遺文『内房女房御返事』
解説 =尊敬と羨望=
世界や社会で活躍する人たちは、その努力や人柄、結果に対して多くの人から尊敬の心を抱かれます。しかし、ときとして私たちはその副次的に得る富を成功や尊敬の証と短絡的に考え、そこだけを真似することも多いです。つまり高価なものを所有するなどして、尊敬と似て非なる羨望を受けたいという欲求を起こすのです。実は羨望は妬みとも解されます。
身近で尊敬される人とは、困っていたら助けてくれたり、的確な助言をくれたり、いつでも親身になってくれる人です。あなたにそういった尊敬できる人がいるならば、それはあなたがそこに至りたいと思っているからです。あなたはあなたのままで尊敬する人を鑑としながら人生を歩んで行けば、意識せずあなたがまた人から尊敬される存在となります。羨望されたいは捨てて、尊敬されるような生き方は周りをも幸せにします。
日蓮聖人ご遺文 『内房女房御返事』
父親を亡くしてから日の浅い女性に宛てられたお手紙です。勇気づけようと故事や譬えなどを用いてわかりやすく書かれ、親身に女性に向き合う姿が浮かびます。
弘安3年(1280)聖寿59歳
今月の聖語 令和5年1月
2023年2月1日(水)
春のはじめの御悦びは月のみちるがごとく
日蓮聖人ご遺文『四条金吾殿御返事』
解説 =悦びあふれる1年に=
新春を迎えるとき、多くの人が一斉に新たな心持ちでスタートをきります。人間は個性はあっても差はありません。新春は、それぞれがそれぞれの目標に向かって、それぞれの道を歩み出す節目にさせてくれます。
何かが始まるときは挨拶で「今日の佳き日に」や「おめでたい日を迎え」といます。大変なこと、辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと。これからいろいろなことが起こるのに、「おめでたい」といいます。たとえ、すぐに受け入れられない出来事が起きても、それでもやがて受け入れながら道を踏み締め、また歩むことができる始まりや節目なので、おめでたいのでしょう。
皆さんへ春の初めのお悦びを捧げます。あなたを含め、世界の人たちが喜び溢れながら人生を歩めるように、今日も私たちは南無妙法蓮華経を唱えています。それが日蓮宗の願いだからです。
日蓮聖人ご遺文
『四条金吾殿御返事』
最晩年の日蓮聖人が信徒へ宛てた「春のはじめのお悦び」と希望溢れる明るいメッセージではじまる正月のお手紙です。このように聖人はいつも多くの人に寄り添い続けていました。
弘安5年(1282)聖寿61歳

今月の聖語 令和4年12月
2023年1月1日(日)
仏を良医と号し 法を良薬に譬へ 衆生を病人に譬ふ
日蓮聖人ご遺文『聖愚問答鈔』
解説 〜3つの薬と大きな願い〜
大切な人を失った悲しみや苦しみの心の病を治すための薬は主に3つあります。2つは「泣き薬」と「時薬」です。涙が枯れるくらい泣いたり、時間の経過で気持ちが落ち着き、少し前を向くことができる場合があります。3つめは「偲び薬」で、「供養する」ことです。これは故人のために花や好きだったものを供えるなど、何かすることで自分の心も癒やしていくことです。この3つでの一番の良薬は何かしてあげられているという喜びに変わる可能性がある「偲び薬」かもしれません。
さて掲げた3行は、私たちを病人に譬えた場合、仏さま(釈尊)は良い医者であり、仏法(法華経)は良い薬であるため、私たちを救ってくださる、という意味です。すべての人を救おうとされる仏さまの大きな願いのなかに生かされている私たち。あなたの願いは仏さまの願いでもあるのです。
日蓮聖人ご遺文
『聖愚問答鈔』
上下2巻の書ですが、ご真筆は確認されていません。世間の無常を嘆く人たちが聖者に導かれて心の平安を得るという設定で論が展開されます。
文永2年(1265)聖寿44
