お寺の手帖

「お寺の手帖」は暮らしの中で役に立つお寺の知識や、宗派や尊像など、
みなさまが興味をもたれるお話を当寺副住職がわかりやすく語ります。

今月の聖語

今月の聖語 令和6年12月

2025年1月1日(水)

何物を以て本尊と定むべきや

『本尊問答抄』/
弘安元年(1278) 57歳

解説  =一番大切なもの=
今年の夏は猛暑となりましたが、それ以上に燃えました、パリオリンピック! 応援する選手が出る日にはテレビの前にかぶりつき、手に汗握る思いでした。人はそんな時に、思わず祈るような気持ちになるものです。
でも勝てば祈りが通じた、負けたら祈りが通じなかったというわけではありません。勝負を通して相手をリスペクトする気持ちを持つことが大切です。自分だけが勝てばいい、幸せになりたいという願いは、叶えられてもまた新たな欲と苦しみを生みます。
私たちには苦しみを転じて幸せに生きるための指針が必要です。それを示してくれるのが本尊。日蓮宗の本尊にいらっしゃるお釈迦さまは、『法華経』を通じて私たちがいま生きる社会全体の幸せから個人の幸せになっていくことを願っています。

◎日蓮聖人ご遺文『本尊問答抄』
日蓮聖人が清澄山の兄弟子浄顕房に送ったお手紙です。
様々な教えを比較検証しすべての人々を幸せにする法華経の題目を本尊とするべきだと示しました。
弘安元年(1278) 57歳

今月の聖語 令和6年11月

2024年12月1日(日)

おのずからよこしまに降る雨はあらじ

『三澤御房御返事』/
文永12年(1275)聖寿54歳

解説  =生まれつきの悪人はいない=
横殴りの雨が激しく窓を打ち付けると、うるさかったり、不安を覚えます。雨は本来まっすぐ下に落ちるはずが、風というきっかけ(縁)を得て、窓を打ち付けるのです。
  人間も同じです。生活苦などが原因で罪を犯す人。欲に目がくらんで誰かを騙す人や冷静な判断ができなくなった人。言葉などで誰かを傷つける人。本来まっすぐなはずの人間ですが、環境によってねじまげられ、自分を裏切り、誰かを苦しめたりします。
すべての人は悪意を持たず、まっすぐな心で誕生してきました。「いのち」を授かった原点に返り、誰もが本来の自分らしく幸せに生きられるように、善が連鎖する世の中を築いていきましょう。その起点となるのが、すべての存在に感謝と敬いの心を示す「いのちに合掌」なのです。

日蓮聖人ご遺文
『三澤御房御返事』
日蓮聖人身延ご入山の翌年、駿河の三澤房に宛てた手紙。僅か数行の文章ですがたくさんの信徒が佐渡から日蓮聖人を訪ね、お釈迦さまの大事な教えを聴聞している様子が伺えます。
文永12年(1275)聖寿54歳

今月の聖語 令和6年10月

2024年11月1日(金)

ただ一念の信ありて

日蓮聖人ご遺文『法華題目鈔』/
文永3年(1266)聖寿45歳

解説  =まずは自分を信じる=
「自分を信じてあげられないことは夢を失うより悲しい」というような詞を、ある女性歌手が歌っていました。
お釈迦さまの弟子の1人・周梨槃特は物覚えが悪く、他の弟子たちにいつもからかわれていました。自信をなくし修行をやめようと思った時に、お釈迦さまから「自分の愚かさを知っているのはとても大切なことだよ」と諭され、1本の箒を渡されました。やがてその箒で励んだ掃除を通して悟りを得ることができたのです。これは周梨槃特が自分の可能性を信じてあきらめずに修行を続けたからにほかなりません。
なかなか結果が出ないと、人は自信を失います。自分を信じると書いて「自信」。何をなすにも人間の原動力となるのはこの「自信」です。自分を信じて小さな積み重ねからはじめてみましょう。

日蓮聖人ご遺文『法華題目鈔』
安房国(千葉県鴨川市)清澄で著され、女性信徒に宛てた書といわれています。信じることの大切さを通して、生きていく上で、なにが一番重要な教えかが説かれています。
文永3年(1266)聖寿45歳

今月の聖語 令和6年9月

2024年10月1日(火)

十界互具これを説く

『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』/
文永10年(1273)聖寿52歳


解説  =優しい心=
罪を犯した人の立ち直りに寄り添い、犯罪や非行のない社会を作ろうという「社会を明るくする運動」があります。どんな人でも「優しい心」を持っていることを信じているからこそできる運動です。
十界とは、私たちの心のありようです。みんなの幸せを願う「優しい心」から、自分だけの利益しか考えず他人を傷つける「地獄の心」までの10段階の「心」のことです。それぞれの心が単独であるのではなく、互いが互いを兼ね備え、影響し合っています。人の「地獄の心」は人の「優しい心」に変われますし、「優しい心」が逆に「地獄の心」になってしまうこともあります。
苦しみや争いの絶えない社会の中で人と人がお互いに理解し合い、誰もが「優しい心」で生きていくことができれば、安穏で平和な世の中になるのです。

◎日蓮聖人ご遺文『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』
信徒の富木常忍に宛てて届けられた書で、佐渡で著されました。すべての人が本当の幸せを得られるという「一念三千」「十界互具」という教えが説き表された最も重要な書です。
文永10年(1273)聖寿52歳

今月の聖語 令和6年8月

2024年9月1日(日)

身と影とのごとし

『忘持経事』/建治2年(1276)聖寿55歳

解説 =父母(先祖)と一体=
誰もが父母があってこの世に生まれてきます。「産んでくれと頼んだ覚えはない!」と反発しても、この事実は変わりません。誰もが自分の体は親からいただいた大事な体なのです。
そんなあなたが、もし今、悩みや苦しみ、生き辛さを感じていたら、それはあなたのお父さんやお母さんも、かつて経験してきたことかもしれません。時には素直な心で父母に相談してみましょう。自分のことのように考えてくれ、良い答えを出してくれるかもしれません。
父母の父母、そのまた父母、ご先祖さまへと思いをはせてみましょう。みんな、あなたと同じように悩み苦しみ一生懸命生きてこられたと思います。今、〝私〟がいるのは父母(先祖)と〝身と影の如く一体〟だからです。たくさんの縁を感じながら「今」と「私」を幸せに生きましょう。

◎日蓮聖人ご遺文『忘持経事』
母の納骨を済ませた富木常忍に宛てたお手紙です。母を亡くした常忍の気持ちを慮り、仏弟子の説話を取り入れながら父母への孝養の大切さが説かれています。
建治2年(1276)聖寿55歳

今月の聖語 令和6年7月

2024年8月1日(木)

現世の安穏ならざる事をなげかざれ

『開目抄』/
文永9年(1272)51歳 

解説 =優しい気持ち=
ホームに入る電車を駅員が待ち構えています。電車の扉が開くと、駅員は板を渡して車椅子の乗客の下車を補助しました。乗客は笑顔で「ありがとうございます」とお礼をいい、駅員も「どうぞお気をつけて」と笑顔で応えていました。
駅でよく見る1コマですが、小さな理想郷がそこに見えています。健常者も障がいを持つ人も等しく生活しやすい環境。知らない者同士でも感謝し、挨拶し、微笑み合う世界。殺伐としたニュースが溢れる世の中にも、ちゃんとこういう世界が創られており、その輪がもっと広がればと思いました。
宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」といいます。例えば自分が健康でも家族が病気ならどうでしょう? 社会でも同じです。みんなが優しい気持ちになり支え合うことが、みんなが幸せになる道です。

◎『開目抄』日蓮聖人ご遺文
流罪となった佐渡で著され、「我身の法華経の行者にあらざるか」と自身を問い、法華経行者を自覚された書。私たちが生きるべき真の方向性を示されます。文永9年(1272)51歳 

今月の聖語 令和6年6月

2024年7月1日(月)

檀那は油の如く、行者は燈の如し

『曽谷殿御返事』/
弘安2年(1279)58歳

解説 =支え合い=
子どもたちの食育を支援する「こども食堂」を始めるお寺が増えました。「こども食堂」はさまざまな人によって支えられています。食事を作る人がいても、食材や資金を提供する人がいなければ成り立ちません。
仏教語の檀那は「布施をする人」、行者は「仏道修行をする人」を意味します。「こども食堂」にたとえれば「檀那」は「食材や資金を提供してくれる人」で応援者、「食事を作る人」は「行者」で実行者ともいえます。
世の中を見渡せば、このようにどんなことも支え合って成り立っているのがわかります。私たちは時には「檀那」となり誰かを応援し、時には「行者」となり直接誰かを支えるのです。またある時は「檀那」に応援され、「行者」に支えられるのです。よき檀那・行者として安穏な世の中を築いていきましょう。

◎日蓮聖人ご遺文
『曽谷殿御返事』
檀越の曽谷教信に宛てたお手紙です。日蓮聖人はご供養の品を頂くと必ずお礼状をしたため、たとえ話や説話を交えて仏さまの一番大切な教えが何であるかを説いています。弘安2年(1279)58歳

今月の聖語 令和6年5月

2024年6月1日(土)

このやまいは仏の御はからいか

『妙心尼御前御返事』/
建治元年(1275)聖寿54歳

解説 =病(やまい)から教(おし)えられること=

 イギリスのキャサリン妃が癌であることを公表し、ビデオメッセージを公開しました。「どんな形であれ、この病気に直面している皆さんは、どうか希望を失わないでください。あなたはひとりではありません」と癌で苦しむ世界中の人びとに温かいメッセージを届けました。
 仏教では病気を逃れられない「苦」の1つとします。一方で病気は私たちにたくさんの気づきを与えてくれます。看病をしてもらえれば、人と人との繋りのありがたさを知ることでしょう。「いのち」の尊さやこの先の「いのち」の使い道を考える時間になるかもしれません。
 私たちはいつ病になるかわかりません。生きていることが当たり前ではなく、生きていること自体が奇跡で、たいへんにありがたいことなのです。
 普段から「いのち」を見つめて心を調え、病になれば病からまた学、実りある人生にしていきましょう。

日蓮聖人ご遺文『妙心尼御前御返事』
夫を看病中の女性に宛てたお手紙です。病に対する心構え、死への安心を心優しく示されます。
建治元年(1275)聖寿54歳

今月の聖語 令和6年4月

2024年5月1日(水)

人身は持がたし、艸の上の露 

『崇峻天皇御書』/
建治2年(1277)聖寿56歳

解説 =心が肝心=

ハダカデバネズミは老化現象が見られない、不思議な生き物です。これこそ多くの人が望む「不老長寿」!?…かと思いますが、老化しないだけで、やがて寿命やケガで死んでしまいます。彼らの身も、私たちと同じで「草の上の朝露のように持ちがたし」なのです。
私たちは健康管理に努め、検査や人間ドックなどに通「いのち」を長らえようとします。でも肝心なのは、「人身(身体)」とその使い方を左右する「心のあり方」がセットであるということです。憎しみ奪い合うか、それとも敬い譲り合うかで、世の中はまったく違ってきてしまいます。でもわかっていても自分だけの利益を考えてしまう。やられたら仕返しをする。心のあり方次第で、ささいなことが大きな争いになったりもします。まず自分自身が敬う心を持った人身を目指しましょう。

◎日蓮聖人ご遺文『崇峻天皇御書』
法華経・日蓮聖人の教えを熱心に信仰する四条金吾に宛てたお手紙。人間社会の中で、組織の中で、どのような心構えで行動したらよいかを崇峻天皇の故事をあげ、細やかに指南します。
建治2年(1277)聖寿56歳

今月の聖語 令和6年3月

2024年4月1日(月)

ただ我信ずるのみにあらず

『立正安国論』/
文応元年(1260)39歳

解説 =安穏な世を目指して=

この文は、「また他の誤りを誡めんのみ」と続きます。世の中を良くするために、良いと思ったことを自分自身にとどめず、他人の誤りを注意していこうということです。
私たちは日常生活のなかで、自分だけの正解を相手に押し付けてしまったりすることがあります。それはともすれば、むやみに相手を否定しかねず、発展性のないものになってしまいます。
他人に注意や忠告などをする場合は、一度立ち止まって独りよがりの自分だけの正解にとらわれていないかよく考え、常に相手を尊重し、安穏な世の中を願いながら行ないましょう。
鎌倉時代の日蓮聖人はお釈迦さまが説かれた経典の1つ『法華経』を信仰の基にしましたが、改めてすべての仏教経典を読み込まれて人びとの安穏を願い『立正安国論』という書を著しました。

◎日蓮聖人ご遺文『立正安国論』
私たちの心の持ち方を改め安穏な世の中にしていこうと、鎌倉幕府の実力者である前執権最明寺入道北条時頼に上奏した書物です。日蓮聖人の代表的な著作です。
文応元年(1260)39歳