お寺の手帖

「お寺の手帖」は暮らしの中で役に立つお寺の知識や、宗派や尊像など、
みなさまが興味をもたれるお話を当寺副住職の浅井将玄上人がわかりやすく語ります。

今月の聖語

今月の聖語 令和3年3月

2021年4月1日(木)

孝養父母は

第一にて候

日蓮聖人御遺文「窪尼御前御返事」

解説〜孝養〜

「実に古くして新しき道は報恩のおしえなり 孝は百行のもとにして信への道の正門ぞ」という言葉があります。
昨今の風潮をみると「孝養」という言葉を耳にすることが少なくなった気がしませんか?
しかし親への報恩は、すなわち自分自身の命の尊さを省みることにもなります。そしてそれこそが信仰の出発点であり到達点でもあるのです。
今月はお彼岸を迎えます。この機会に「孝養」と口ずさんでみて下さい。きっと何かを感じることができるでしょう。

日蓮聖人ご遺文『窪尼御前御返事』

この女性は日蓮聖人の有力信徒高橋六郎兵衛入道の妻で持妙尼と称します。富士の久保に住むことから窪尼とも呼ばれました。
聖人は農繁期ながら身延の窮状を案じ供養を送った志に感謝し、亡夫の成仏と、遺された孝心厚い娘の多幸が述べられています。文末に貧しいながらも母を養う娘が天の心を打ち、皇帝の妃になった中国の故事を引き、「一切の善根の中に孝養父母は第一にて候」と法華経信仰の篤い母子を讃えておられます。
弘安2年(1279) 聖寿58歳

今月の聖語 令和3年2月

2021年3月1日(月)

日蓮は

安房の国片海の

海人が子なり

解説〜宗祖ご降誕によせて〜

「この紋所が目に入らぬか。ここにおわすをどなたと心得る」。ご存知水戸黄門の決め台詞です。その黄門さまは日蓮宗に縁が深く、母の菩提を弔うために水戸に久昌寺を建てられました。
ところで黄門さまご自身のお誕生日にこんな逸話があります。家臣が祝いの日として豪勢な膳を用意したところそれを止め、白粥と梅干し1つにされました。その理由を「せめて今日1日を粗食とせしは、母上が我れを産みし折の苦しみを終生忘れぬためである」と語ったというこです。
誕生日は祝福されるだけの日ではなく、両親をはじめ周囲の人びとへの報恩の日でもあることを忘れてはならないのです。
さて表題のように日蓮聖人は現在の千葉県鴨川市小湊に漁師の子としてお生まれになりました。2月16日には、聖人ご誕生800年を迎えます。しかしそのご生涯はご苦難の連続でした。それはなぜか。ひとえに自分をこの世に送り出し育んで下さった父母、そして縁ある人びとを成仏に導くため。それがご自身の誕生への報恩行だったのです。

日蓮聖人ご遺文『本尊問答抄』
弘安元年(1278)聖寿57歳

今月の聖語 令和3年1月

2021年2月1日(月)

新春の慶賀 自他

幸甚幸甚

日蓮聖人御遺文「清澄寺大衆中」

解説 〜招福の秘訣〜

新年おめでとうございます。おめでたいというと福を招く神として七福神を思い浮かべます。
一方招福に大切なのは何はさておき私たちの心掛けでしょう。
ではどのような心掛けが大切なのか? ちょっと七福神さまのお姿を思い出して下さい。
7人に共通する1つにお耳が大きいことに気付きませんか。これは人の話をよく聞きなさいという象徴ではないでしょうか。2つ目はお顔の割にお口が皆さん可愛いおちょぼ口。これは言葉に十分に気を付けなさい、との戒めではないでしょうか。
招福の条件は耳は大きく、口は小さく!
コロナ禍の中、今年の心掛けにしようではありませんか。

日蓮聖人ご遺文『清澄寺大衆中』

本書は清澄での立教開宗初転法輪が描写されています。
この頃も現在と同様、正に疫病が蔓延し多くの人が亡くなっていました。苦しむ庶民を救おうとお題目の第一声を上げられたのが清澄寺だったのです。
聖人の生涯は耳を大きくし釈尊の声を聞き、口からは釈尊の真実の言葉を発するものでした。

建治2年(1276) 聖寿55歳

今月の聖語 令和2年12月

2020年12月31日(木)

随喜と申すは

随順の義なり

日蓮聖人御遺文「唱法華題目鈔」

解説〜やる気にスイッチ・オン〜

人を突き動かす原動力は感激ではないでしょうか。
以前ベストセラーになった小説の一節です。
「目あれど美を知らず、耳あれど楽を聴かず、心あれども真を解せず、感激せざれば燃えもせず」(黒柳徹子さんの自伝小説『窓ぎわのトットちゃん』より)
法華経には「随喜」という言葉が随所に見られます。仏さまの教えを聞いた衆生が感激し修行の志を懐く瞬間です。その時の心持ちは100パーセント仏さまに心を開き、素直に随順する状態だったのです。
目標を立てたなら、それに向かって真っすぐ素直に飛び込みましょう。
それがやる気に「スイッチ・オン」する秘訣です。

日蓮聖人ご遺文『唱法華題目鈔』

本鈔は『立正安国論』とほぼ同時の著述で『安国論』の姉妹編といわれています。
15番の問答形式で展開し、多くの信徒を対象とした教義書的意義を持つとされます。
主題は題号の如く法華経の題目を唱える意義と功徳が説かれ、法華経の聴聞随喜がキーワードになっています。
文応元年(1260) 聖寿39歳

本年も早いもので、大晦日となりました。

お檀家様、信者様の皆様におかれましては、多大なるお心遣いありがとうございます。

来年も変わらず、皆様と笑顔でご挨拶出来れば幸いです。

その為にも、お寺をもっと良く、素晴らしいものにしていくべく精進して参りますので、変わらぬご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

日中は暖かかったですが、朝晩の冷え込みがかなりキツくなって参りました。

お身体ご自愛くださいませ。

来年も能王山盛圓寺を何卒宜しくお願い致します。

今月の聖語 令和2年11月

2020年12月1日(火)

おとこのしわざは

女のちからなり

日蓮聖人御遺文「富木尼御前御書」

解説〜夫婦円満の秘訣〜

こんな句があります。夫が「お前みたいなおたふくババを、俺でありゃこそ置いてやる」と言うと、妻はすかさず「私なりゃこそ辛抱もするが、誰がみるぞや痩せ世帯」。

よくご説教で引かれる道歌です。しかし、この句はこう続きます。

「外で俺が働けるのも、家を貴女が守りゃこそ。私みたいなふつつか者を、貴方なりゃこそ大切に。こそと威張ってこちらにつけりゃ、何とこしゃくと喧嘩ごし。こそと崇めて向こうにつけりゃ、ニッコリ笑ってあなたこそ。喧嘩するのも仲良くするのも、こその付けどこただ1つ」

今月22日はいい夫婦の日です。共に見つめ直して下さい。

日蓮聖人ご遺文「富木尼御前御書」

身延山から富木常忍氏の妻に与えられたお手紙です。

常忍氏が亡き母の遺骨を身延に納骨した折に託されました。妻が生前母によく仕えてくれたと深く感謝する夫の思いを受けて描かれました。

女性が軽視される時代にあって聖人は常に女性の力の偉大さを称賛されています。

建治2年(1276) 聖寿55歳

今月の聖語 令和2年10月

2020年11月1日(日)

法華経は

明鏡の中の

神鏡なり

日蓮聖人御遺文「神国王御書」

解説〜神鏡(しんきょう)〜

鏡の前に立ったとします。あなたの顔、映っていますよね。でも不思議に思いませんか?一番身近にありながら自分の顔は鏡を通さないと見ることができません。

同様に私たちの生き様自体も自分では見えているようで実は見えていません。私たちの姿がありのままに見えているのは仏さまのみです、その仏さまの目を「神鏡」というのです。

そんなわたしたちが「神鏡」に映った我が身を見る術は、素直な心で一心に仏さまに手を合わせる。この一点に尽きるのです。

日蓮聖人ご遺文「神国王御書」

本書は「神国」とあるように、冒頭、天神七代・地神五代の流れを受け継ぐ日本に、仏教が伝来した経緯から説き起こされます。

その尊き縁をいただく国でありながら、なぜ内乱が起きるのかを究明され、その原因は仏法の乱れが人心の乱れを引き起こし、下剋上の世を招いたと指摘されています。

人びとの心の鏡になるべき教え…。すなわち法華経という「神鏡」に心を照らすべきことを強く訴えられているのです。

文永12年(1275) 聖寿54歳

今月の聖語 令和2年9月

2020年10月1日(木)

人には不孝が

おそろしき事に候ぞ

日蓮聖人御遺文「不孝御書」

解説 〜「孝」は潤滑油〜

「父」の字の成り立ちは一説には手斧を持って大地を切り開く姿を表現し、「母」はその大地で子を育む乳房を表すとか。一方「子」は大地から少し頭を出し、どんどん頭髪が伸びる様子を示しているともいわれてます。

しかし昨今の世相を見るとその字に込められた思いが忘れられているように思えてなりません。

その原因の一つは親ならこうしてくれるはず、子ならこうあるべきとお互いが勝手に作り上げた理想像を押し付け合っているためではないでしょうか。

この関係の潤滑油には「孝」があるでしょう「孝」の成り立ちは成長の極みを表した「老」から生まれたとか。

不孝は不幸の始まり。先人の思いを振り返りたいものです。

日蓮聖人ご遺文「不孝御書」

本書は四条金吾頼基氏に与えられた「陰徳陽報御書」の一部であったといわれています。

聖人の言われる「不孝」とは人倫の親子関係に留まるのではなく、一切衆生の真の親である本仏釈尊の慈悲に気づかずに背くこと。それが最も重い罪になると戒めておられます。

弘安元年(1278) 聖寿57歳

(弘安2年 聖寿58歳説あり)

今月の聖語 令和2年8月

2020年9月1日(火)

花は根にかへり
真味は土にとどまる
日蓮聖人御遺文 「報恩抄」
解説   〜共栄〜
日蓮宗では仏壇の過去帳の冒頭に次の言葉を記すことがあります。「先祖は樹木の根なり。子孫はその枝葉なり。根を培い養わずして枝葉栄える理なく、花咲き実生ずるためしなし。この過去帳は先祖代々の徳を報じ子孫永久の教えに備う」。
先祖と子孫の関係を木に例えるならば正にこの言葉の通りでしょう。さらにここから学ぶことは枝葉や花から取り込んだ養分も根に蓄えられ、さらに樹木全体が大きく成長するということです。すなわち先祖子孫一体となって共栄することが重要なのです。
日蓮聖人ご遺文「報恩抄」
真味とは功徳のことです。この一節は恩師・道善房への追善の結びに述べられています。
日蓮聖人の出家は父母、師匠への報恩も大きな目的でした。それは法華経信仰へと導くことだったのです。しかしその思いは遂に師匠ひは理解されず師弟の確執は生涯解消されませんでした。
こんな葛藤を抱えつつも、ひるむことなく法華経弘通ひ邁進された聖人の姿こそが、亡き師に捧げる真味となる報恩行だったのです。
建治2年(1276) 聖寿55歳

今月の聖語 令和2年7月

2020年8月1日(土)

いのちと申す物は
一切の財の中に第一の財なり
日蓮聖人御遺文「事理供養御書」
解説〜いのちの実感〜
いのちが尊いことは百も承知。しかし、それが心にドスンと落ち実感として響いていますか?
理解と実感は異なります。実感するのは身近で命の危険に直面した時ではないでしょうか。
「私たちは盤石の大地に立っている」と思うのは錯覚です。薄氷の上に存在すると知った時、それは何ものにも代え難い財と気付くのです。
日蓮聖人ご遺文「事理供養御書」
ある檀越から白米を送られたことへの礼状です。本書の末尾に「凡夫なれば寒も忍びがたく、熱もふせぎがたし。食ともし」の述べておられます。
聖人が身延に入って3年目。雪深く人が訪れることも少なく、ご自身のみならず弟子などを養う食物にも事欠くありさま。そこへ届けられた白米や芋の供養。いのちを繋ぐことができたことを感謝されています。
数多のご法難に加え身延入山後も常に死との隣り合わせだったからこそ、いのちの尊さを常に実感されていたのでしょう。
法華経こそがそのいのちを生かす根源であるの述べられているのです。
建治2年(1276) 聖寿55歳

今月の聖語 令和2年6月

2020年7月1日(水)

「父母は常に子を念へども
子は父母を念わず」
日蓮聖人御遺文「刑部左衛門尉女房御返事」
解説〜親の心子知らず〜
「老いて後思い知るこそ悲しけれこの世にあらぬ親の恵みに」。親御さんを亡くされた方、ぐっと来るものはありませんか?親が健在の時は「頑固なおやじ」「うるさいお袋」とつい愚痴っていませんでしたか?それが自分も年を重ねてくると、厄介と思っていたその親から受けた愛情、存在の重さに気づいてくるのではないでしょうか。
お釈迦さま、日蓮聖人ですら「未だ父母への孝養足らず」と懺悔しておられます。ましていわんや私達においては。
このお言葉をよくよく肝に銘ずべし!
日蓮聖人ご遺文「刑部左衛門尉女房御返事」
刑部左衛門尉女房とは尾張の住人の伝えられていますが詳細は不明です。
この女性が亡き母の13回忌に当たることから供養のためにと銭20貫文などを聖人に送ったことへの礼状です。
本書は父母の恩を語り「教主釈尊が父母孝養のために説かれたのが法華経である。日蓮も母上にかけた苦労を悔い、その償いと報恩は法華経による供養より他になし」と説かれています。
弘安3年(1280) 聖寿59歳