お寺の手帖

「お寺の手帖」は暮らしの中で役に立つお寺の知識や、宗派や尊像など、
みなさまが興味をもたれるお話を当寺副住職の浅井将玄上人がわかりやすく語ります。

今月の聖語

今月の聖語 令和6年8月

2024年9月1日(日)

身と影とのごとし

『忘持経事』/建治2年(1276)聖寿55歳

解説 =父母(先祖)と一体=
誰もが父母があってこの世に生まれてきます。「産んでくれと頼んだ覚えはない!」と反発しても、この事実は変わりません。誰もが自分の体は親からいただいた大事な体なのです。
そんなあなたが、もし今、悩みや苦しみ、生き辛さを感じていたら、それはあなたのお父さんやお母さんも、かつて経験してきたことかもしれません。時には素直な心で父母に相談してみましょう。自分のことのように考えてくれ、良い答えを出してくれるかもしれません。
父母の父母、そのまた父母、ご先祖さまへと思いをはせてみましょう。みんな、あなたと同じように悩み苦しみ一生懸命生きてこられたと思います。今、〝私〟がいるのは父母(先祖)と〝身と影の如く一体〟だからです。たくさんの縁を感じながら「今」と「私」を幸せに生きましょう。

◎日蓮聖人ご遺文『忘持経事』
母の納骨を済ませた富木常忍に宛てたお手紙です。母を亡くした常忍の気持ちを慮り、仏弟子の説話を取り入れながら父母への孝養の大切さが説かれています。
建治2年(1276)聖寿55歳

今月の聖語 令和6年7月

2024年8月1日(木)

現世の安穏ならざる事をなげかざれ

『開目抄』/
文永9年(1272)51歳 

解説 =優しい気持ち=
ホームに入る電車を駅員が待ち構えています。電車の扉が開くと、駅員は板を渡して車椅子の乗客の下車を補助しました。乗客は笑顔で「ありがとうございます」とお礼をいい、駅員も「どうぞお気をつけて」と笑顔で応えていました。
駅でよく見る1コマですが、小さな理想郷がそこに見えています。健常者も障がいを持つ人も等しく生活しやすい環境。知らない者同士でも感謝し、挨拶し、微笑み合う世界。殺伐としたニュースが溢れる世の中にも、ちゃんとこういう世界が創られており、その輪がもっと広がればと思いました。
宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」といいます。例えば自分が健康でも家族が病気ならどうでしょう? 社会でも同じです。みんなが優しい気持ちになり支え合うことが、みんなが幸せになる道です。

◎『開目抄』日蓮聖人ご遺文
流罪となった佐渡で著され、「我身の法華経の行者にあらざるか」と自身を問い、法華経行者を自覚された書。私たちが生きるべき真の方向性を示されます。文永9年(1272)51歳 

今月の聖語 令和6年6月

2024年7月1日(月)

檀那は油の如く、行者は燈の如し

『曽谷殿御返事』/
弘安2年(1279)58歳

解説 =支え合い=
子どもたちの食育を支援する「こども食堂」を始めるお寺が増えました。「こども食堂」はさまざまな人によって支えられています。食事を作る人がいても、食材や資金を提供する人がいなければ成り立ちません。
仏教語の檀那は「布施をする人」、行者は「仏道修行をする人」を意味します。「こども食堂」にたとえれば「檀那」は「食材や資金を提供してくれる人」で応援者、「食事を作る人」は「行者」で実行者ともいえます。
世の中を見渡せば、このようにどんなことも支え合って成り立っているのがわかります。私たちは時には「檀那」となり誰かを応援し、時には「行者」となり直接誰かを支えるのです。またある時は「檀那」に応援され、「行者」に支えられるのです。よき檀那・行者として安穏な世の中を築いていきましょう。

◎日蓮聖人ご遺文
『曽谷殿御返事』
檀越の曽谷教信に宛てたお手紙です。日蓮聖人はご供養の品を頂くと必ずお礼状をしたため、たとえ話や説話を交えて仏さまの一番大切な教えが何であるかを説いています。弘安2年(1279)58歳

今月の聖語 令和6年5月

2024年6月1日(土)

このやまいは仏の御はからいか

『妙心尼御前御返事』/
建治元年(1275)聖寿54歳

解説 =病(やまい)から教(おし)えられること=

 イギリスのキャサリン妃が癌であることを公表し、ビデオメッセージを公開しました。「どんな形であれ、この病気に直面している皆さんは、どうか希望を失わないでください。あなたはひとりではありません」と癌で苦しむ世界中の人びとに温かいメッセージを届けました。
 仏教では病気を逃れられない「苦」の1つとします。一方で病気は私たちにたくさんの気づきを与えてくれます。看病をしてもらえれば、人と人との繋りのありがたさを知ることでしょう。「いのち」の尊さやこの先の「いのち」の使い道を考える時間になるかもしれません。
 私たちはいつ病になるかわかりません。生きていることが当たり前ではなく、生きていること自体が奇跡で、たいへんにありがたいことなのです。
 普段から「いのち」を見つめて心を調え、病になれば病からまた学、実りある人生にしていきましょう。

日蓮聖人ご遺文『妙心尼御前御返事』
夫を看病中の女性に宛てたお手紙です。病に対する心構え、死への安心を心優しく示されます。
建治元年(1275)聖寿54歳

今月の聖語 令和6年4月

2024年5月1日(水)

人身は持がたし、艸の上の露 

『崇峻天皇御書』/
建治2年(1277)聖寿56歳

解説 =心が肝心=

ハダカデバネズミは老化現象が見られない、不思議な生き物です。これこそ多くの人が望む「不老長寿」!?…かと思いますが、老化しないだけで、やがて寿命やケガで死んでしまいます。彼らの身も、私たちと同じで「草の上の朝露のように持ちがたし」なのです。
私たちは健康管理に努め、検査や人間ドックなどに通「いのち」を長らえようとします。でも肝心なのは、「人身(身体)」とその使い方を左右する「心のあり方」がセットであるということです。憎しみ奪い合うか、それとも敬い譲り合うかで、世の中はまったく違ってきてしまいます。でもわかっていても自分だけの利益を考えてしまう。やられたら仕返しをする。心のあり方次第で、ささいなことが大きな争いになったりもします。まず自分自身が敬う心を持った人身を目指しましょう。

◎日蓮聖人ご遺文『崇峻天皇御書』
法華経・日蓮聖人の教えを熱心に信仰する四条金吾に宛てたお手紙。人間社会の中で、組織の中で、どのような心構えで行動したらよいかを崇峻天皇の故事をあげ、細やかに指南します。
建治2年(1277)聖寿56歳

今月の聖語 令和6年3月

2024年4月1日(月)

ただ我信ずるのみにあらず

『立正安国論』/
文応元年(1260)39歳

解説 =安穏な世を目指して=

この文は、「また他の誤りを誡めんのみ」と続きます。世の中を良くするために、良いと思ったことを自分自身にとどめず、他人の誤りを注意していこうということです。
私たちは日常生活のなかで、自分だけの正解を相手に押し付けてしまったりすることがあります。それはともすれば、むやみに相手を否定しかねず、発展性のないものになってしまいます。
他人に注意や忠告などをする場合は、一度立ち止まって独りよがりの自分だけの正解にとらわれていないかよく考え、常に相手を尊重し、安穏な世の中を願いながら行ないましょう。
鎌倉時代の日蓮聖人はお釈迦さまが説かれた経典の1つ『法華経』を信仰の基にしましたが、改めてすべての仏教経典を読み込まれて人びとの安穏を願い『立正安国論』という書を著しました。

◎日蓮聖人ご遺文『立正安国論』
私たちの心の持ち方を改め安穏な世の中にしていこうと、鎌倉幕府の実力者である前執権最明寺入道北条時頼に上奏した書物です。日蓮聖人の代表的な著作です。
文応元年(1260)39歳

今月の聖語 令和6年2月

2024年3月1日(金)

総じて餓鬼にをいて三十六種類相わかれて候

『四条金吾殿御書』/
文永8年(1271)50歳

解説 =施しの気持ち=
美味しいケーキ屋さんを教えてもらいました。しっとりしたスポンジにまろやかな生クリーム、甘いイチゴ…。こんな美味しいお店を教えてくれてありがとうという気持ちと、このお店は自分だけの秘密にして誰にも教えたくない、という気持ちになりました。「誰にも教えたくない」という気持ちが、自分だけがいい思いをしたいという「物惜しみ」の気持ち。これが「餓鬼」の心です。人の心の中には36種類もの餓鬼がいるといわれています。
お風呂のお湯を自分だけにかき集めようとするとお湯は逃げていきますが、向こうへ押すとはね返って自分の方へ戻ってきます。自分だけの幸せを考えると逆に逃げていきます、友人が美味しいケーキ屋さんを私に教えてくれたように、日常生活の些細な喜びから周りの人にお分けしていきましょう。

◎日蓮聖人ご遺文『四条金吾殿御書』
法華経の教えを尊び日蓮聖人を支援する信徒の四条金吾に宛てたお手紙です。誰かに施す気持ちを持つことがいかに人生を豊かにするかが説かれています。
文永8年(1271)50歳

今月の聖語 令和6年1月

2024年2月1日(木)

利根と通力とにはよるべからず

『唱法華題目鈔』/
文応元年(1260)39歳

解説  =真贋を見極める=
世の中には利根といって生まれながらに頭脳明晰な人や目に見えないものを感じたりする人など、不思議な力(神通力)を持っている人がいるそうです。
仏教には三明六通といって、過去・現在・未来を見通す力や煩悩を断つことができるなどの6つの超能力が説かれています。
そこで気を付けておきたいことがあります。人間は困っている時や心身ともに疲れ果て苦しんでいる時に、藁をもすがる気持ちでこういう力だけに飛びついてしまいがちです。でも不思議な力に飛びつく前に少し冷静になって、それがまがい物でないかを見極めましょう。
その判断基準の1つとして、きちんと物事の因縁(原因と結果)をわきまえているか、個人のためではなく人びとの幸せ、世の中の平和に通じているかを考えてみましょう。

◎日蓮聖人ご遺文『唱法華題目鈔』
物事の善悪をきちんと判断できる基準を持ち、日々を安穏に過ごすにはどうしたらよいかが説かれています。
文応元年(1260)39歳

今月の聖語 令和5年12月

2024年1月1日(月)

弟子のしらぬ事を教たるが師

日蓮聖人ご遺文『開目抄』

〜師を求めよう〜

人生という道に迷った時に頼りになるのが、道しるべを示してくれる「師」の存在です。
SNSなどで情報があふれ、現代人は何が本当なのか困惑してしまいがちです。経済的利益のみを追求し、時間に追われる人。人間関係に疲れ、生きる喜び・やりがい・目標を失っしまった人。私たちはみな苦しみや悩みを抱えて生きています。
人生に疲れ切って動けなくなる前に、周りの人に道を尋ねましょう。相談したり、助けを求めましょう。その人は年上の人であるとは限りません、あなたより若い人かもしれません。凝り固まった先入観を打ち破り、あなたの知らない考え方や進むべき方向を示してくれる人が「師」です。「師」とは人生観を共有する友でもある可能性もあります。人生は成長の旅。良き「師」との出会いがきっとあなたの人生を豊かにします。

◎日蓮聖人ご遺文『開目抄』
遠流の身となった日蓮聖人が、佐渡の地で著した書です。自身の信仰を問い、法華経の行者を自覚された経緯が書かれています。本当の「師」とはどういうものかが示されています。
文永9年(1272)51歳

今月の聖語 令和5年11月

2023年12月1日(金)

師子王は百獣にをじず(怖ぢず)

『聖人御難事』/
弘安2年(1279)58歳

解説 〜怖れない心〜
「大丈夫! 自分が今までやってきたことを信じて頑張れ! みんながついてるぞ!」。物事に取り組む時、不安に駆られ、ひるんでしまった経験は、誰にでもあることでしょう。私にも学生時代、試合に臨む時にコーチにそう励まされておじけづいた自分の心を奮い立たせたことがありました。
自分の力が信じられなくなったり、自分には味方がいないのだと思い込んでしまうと、人はどんどん弱気になってしまいます。でも人生には勇気を持って突き進んでいかなければならない場面がたくさんあります。そんな時は自分を信じてみましょう。不思議と目に見えない力が働くことがあります。不信感や孤独感に陥ることなく、百獣の王・ライオンのような、いざというときに怖れない心・ひるまない心を養っていきましょう。

◎日蓮聖人ご遺文
『聖人御難事』
日蓮聖人が身延の地から遠く離れた弟子や信徒に対して送られたたくさんのお手紙のひとつです。人びとを思いやり、苦難に遭遇したときの気の持ち方が説かれています。
弘安2年(1279)58歳